東京地方裁判所 昭和41年(ワ)11644号 判決 1969年10月25日
原告 三菱商事株式会社
被告 国 外一名
訴訟代理人 朝山崇 外三名
主文
被告国は原告に対し、金一億二四一四万二三九二円八〇銭およびこれに対する昭和四二年八月二二日以降右完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告と被告国との間においては、原告に生じた費用の一〇分の九を被告国の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告青森県との間においては全部原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、アーナ号が原告主張のように八戸港に入港して本件けい船浮標にけい留していたところ、そのジヨイニングシヤツクルの部分が切断したため西方に漂流を始め、太平丸に接触して損傷を与えたうえ、自らは同港内白銀海岸に坐礁したこと、本件けい船浮標がデツドウエイト一〇、〇〇〇トン級船舶のものとして、原告主張の日時、場所に被告国によつて設置され、まもなく、被告青森県にその管理を委託されたこと、本件けい船浮標が風速二七メートルの場合にも耐えうるものとして設置されていたこと、本件事故当日夜半の風速は約一〇メートル、瞬間最大風速は二〇、一メートルであつたこと、および、本件事故当時は設置以来約三ケ月しか経過していずアーナ号が第七番目のけい船であつたことは、当事者間に争いがない。
二、<証拠省略>を総合すれば、本件けい船浮標のシヤツクルのテーパーピンがはずれたために繋維鎖が切れて浮体が沈錘をはなれて漂流したため、これにけい船したアーナ号もともに漂流するに至つたと認められる。
右浮標が新規に東京製鎖鉄工株式会社で製作され、正規の耐力検査に合格し、金属組織的および金属材料的になんらの欠陥のなかつたことは、弁論の全趣旨により認められる。
しかし、事故当夜の風速は約一〇メートルであり、気象台から注意警報が出されていたが、それほどの荒天ではなつたことは、<証拠省略>により認められ、また、本件浮標は風速二七メートルの荒天の場合にも耐え得るものとして製作され、設置されてから本件事故まで約三月しか経過していないことは争いなく、かかる種類の事故が生じたことは訴訟関係人においていまだ聞いたことがないことは弁論の趣旨により明らかであり、右切断の可能性を推測させるような異状な状況の発生は認められないから、右切断がなんらかの異常な外力によつて引き起されたと推定することはできない。不可抗力の主張は採用しない。かえつて、<証拠省略>によれば、本件浮標のシヤツクル部分は工場から送くられてきたシヤツクル、シヤツクルピン、テーパーピン等使用して被告国がこれを組立てて設置したものであることが認められ、同事実と前記乙号証、ならびに、弁論の全趣旨を総合すれば、この組立ての作業になんらかの欠陥があつたと認めるのが相当である。これに反する<証拠省略>は措信できない。したがつて、本件浮標の設置に瑕疵があつたと認るほかはない。
三、被告青森県は本件浮標を管理しているが、前記の経緯により本件事故は浮標の設置によるものであつて、管理の瑕疵によるものではない。
四、原告は被告らの保証責任を主張するが、かかる契約上の責任の発生する根拠を欠き採用できない。
五、<証拠省略>によれば、原告が訴外会社との間で、その主張の傭船契約および和解契約を締結したことおよび原告が右和解契約に際して、損害額確定のための事件調査等に要したアメリカにおける弁護士費用等として金五五、六四四・九一米ドルを委任した弁護士に支払つたことが認められ、原告が右和解契約にもとづいて、昭和四二年八月二一日、金三四四、八三九・九八米ドルを訴外会社に支払つたとは当事者間に争いがない。
六、原告は、本件けい船浮標の設置の瑕疵と原告の右損害との間には相当因果関係があると主張するが、原告の損害は原告の傭船契約によつて生じたものであつて、本件瑕疵とは相当因果関係はなく、右主張は理由がない。
七、原告の賠償者代位にもとづく請求について判断する。本件事故の発生の結果、訴外会社の蒙つた後記各損害は本件けい船浮標の設置の瑕疵によつて生じたものと認められるので、被告国は、訴外会社に対し、国家賠償法第二条第一項、第六条、「日本国とノールウエーとの間の通商航海条約」(昭和三二年一〇月一四日条約第一八号)第二条(e)、第四条1にもとづいて、右損害を賠償する義務がある。
ところで、訴外会社は、本件事故によつ蒙つた損害について、被告国に対し、右請求権を有すると共に、原告に対し、前記傭船契約違反にもとづく損害賠償請求権を有するものと解される。
そして、前述のとおり、原告が訴外会社に金三四四、八三九・九八米ドルを賠償したから、原告は賠償した価額の限度において民法第四二二条の規定に従い当然訴外会社に代位するものと解すべきである。
そこで被告ら主張の時効の抗弁について判断すると、<証拠省略>によると訴外会社は遅くとも昭和三九年二月一五日には本件事故による損害および加害者を知つたものと認められ、右期日より三年を経過した同四二年二月一五日を以て訴外会社の被告国に対する国家賠償請求権は時効により消滅したことになるところ、原告が同四一年一二月一日、本訴を提起したことは当裁判所に顕著な事実であるから、これによつて右時効は中断されたことになる。
八、<証拠省略>を総合すると本件事故により訴外会社の受けた損害は次のとおりであることが認められる。
(損害項目)(単位米ドル)
1.修繕費 三一二、四二五・六五
2.港費等 二、〇七七・一八
3.船主の監督者の費用 一、三七一・六八
4.技術コンサルタントの費用 七、四六〇・一一
5.電報料 一〇〇・〇〇
6.船級検定人の費用 三、二二〇・八〇
7.超過勤務料・石油代・ロープ・タイヤ損粍費 四、〇〇九・二九
8.用船契約上の損失 一五五、五七二・〇〇
9.裁定救助料 一九六、〇〇〇・〇〇
10.救助料裁定に要した費用 四、一九二・六〇
11.太平丸の損害 二、七七七・〇〇
12.積荷損害 四、二〇二・三七
合計 六九三、四〇八・六八
九、本件事故当日、八戸地方に、被告ら主張の注意予報が発令されていたことは当事者間に争いなく、<証拠省略>を総合すると、八戸港付近は本件事故前日より天候が悪く、当日は夕方より雪が降り始め、夜半にかけてみぞれとなり東南東の風、最大風速は一二・七メートル、風速は午後七時から同一〇時にかけては一〇メートル前後という悪天候であつたこと、アーナ号船長は午後四時頃より一船員を甲板見張番に立たせ、同六時頃からは一等航海士一名を自室で待機させるという処置をとつたため前記太平丸と接触するにいたるまでアーナ号の漂流に気づかなかつたこと、当日は視界が悪い(約四〇〇フイート)うえに同港第一区から第二区あたりに十数隻の避難船が錯綜していたこと、当時の風がビユーフオート五であつたことによりアーナ号が独力で港外に避難するよりは港内にいる方が安全であつたが、アーナ号の場合積載していたのは燐鉱石二四九〇トンで荷重が比較的少く吃水が浅かつたのに同港第一区内は内防波堤付近を除き当時はほとんど水深八メートル以上あつたこと、同港第一区、第二区にはアーナ号の停船可能水域の余地がかなりあつたこと等よりアーナ号が同港第一区または第二区内の安全水域に停船することは可能であつたことが認められ、右認定に反する<証拠省略>は措信できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
右事実によれば、アーナ号船長は適切な見張を立てなかつたため事故の発見が遅くれ、また、太平丸と接触して事故の発生を知つた後もなんら見るべき措置を講じなかつたのであるから、同船長に過失があつたといわなければならない。
しかし、本件事故は全く異例なものであり、事故が夜間に発生し、天候も悪く見透しがきかず、港湾に他の船舶が多数避難碇泊していたのであるから、同船が独力で港湾を脱出し、又は、安全水域に停止することが完全に期待されるような状況ではなく、本件損害の発生がすべてアーナ号船長の責任であるということはできない。この点の被告の主張は採用できない。
そして、右アーナ号の過失を考慮し損害のうち五割を減額するのが相当である。すると結局、訴外会社は被告国に対し前記認定の損害額の二分の一である金三四六、七〇四・三四米ドルの損害賠償請求権を有していたことになる。
一〇、原告は弁護士報酬等五五、六四四・九一ドルを主張するが、これは原告と訴外会社との傭船契約により生じたもので、訴外会社と被告国との間に発生すべきものではなく、理由がない。
一一、原告の本訴請求のうち、被告国に対し右認定の範囲内である、金三四四、八三九・九八米ドル(一二四、一四二、三九二・八円)およびこれに対する本件事故および原告が訴外会社に右金員を支払つた後である昭和四二年八月二二日以降右支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容し、その余は失当であるから、これを棄却することとし、なお、ドルの支払を求めているが、わが国通貨をもつて支払わせるのが相当であり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺一雄 菅原敏彦 北山元章)